近年車社会を反映して、交通事故などによる脳外傷(頭部外傷、外傷性脳損傷)が大きな問題となっています。
一方脳卒中(脳梗塞、脳出血)は比較的高齢者に多く、40歳以上の場合には、介護については介護保険の対象となります。それ以外に数はそれほど多くはありませんが、低酸素脳症、疾病(脳腫瘍、インフルエンザ脳症)などがあります。
(注)Brain Injuryを脳外傷と翻訳されることがありますが、脳損傷という名称が適切です。一方Traumatic Brain Injury(TBI)は外傷性脳損傷あるいは脳外傷と、またAcquired Brain Injury(ABI)は後天性脳損傷で、先天性のものと区別するときに用いられます。 ↑Top
脳外傷は意識レベルと意識消失の期間により軽度、中等度、重度に分類されます。 《脳外傷の分類》 | GCS | 意識消失期間 |
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軽度 | 13〜15 | 1時間以内 |
中等度 | 9〜12 | 1〜24時間 |
重度 | 3〜8 | 24時間以上 |
GCS: Glasgow Coma Scale ↑Top
脳外傷では交通事故、転落や暴力によるものがあり、英国では年間10万人に10から15人が重症、15から20人が中等症、250から300人が軽症となります。 また米国では毎年100万人が脳外傷になり、5万人が死亡、23万人が入院の後生存し、8万人が長期の障害を残すといわれています。
米国では、推計530万人、これは国民の2%強ですが、が脳外傷に起因する障害をもって生活をしています。また、毎年150万人のアメリカ人が脳外傷に遭います。毎年5万人の人が脳外傷で死亡します。
熊本県頭部外傷データバンクによる1993年から5年までの調査では、年間発生率は人口10万人対27で、男性が女性の2倍でした。また、交通事故とそうでないものの割合はほぼ半々でした。
大阪府の調査(平成14年3月1日から14日間)に基づく推計数として、人口10万人あたり149.8人、うち65歳以下では、67.9人でした。下の表は、原因別の脳損傷による年間入院者推計数です。
【大阪府調査による原因別の脳損傷入院者・年間推計数】 ↑Top
●昏睡(coma)
脳が挫傷、出血、炎症、低酸素などにより,強度の損傷を受けると,脳は全体に機能低下に陥り,意識喪失状態になります。これが昏睡、コーマです。コーマの特徴は,命令に応じることがで きない、発語がなくなる、開眼しない、睡眠−覚醒のサイクルしがない、つまり脳波による睡眠パターンが見られないなどです。
このあと、生存可能な患者は、睡眠−覚醒の脳波的なサイクルを示すようになるといわれています。 ●PTA(外傷後混迷状態)
多くの患者は徐々に意識が回復していきますが、この時、PTA(post-traumatic amnesia)という状態を通過します。せん妄ともいいます。この間、患者は混乱して、イライラや不穏、怒声がみられ、易怒的で、暴力におよぶこともあります。通常は数週間から長くて数ヶ月で次第に安定します。
PTAは、通過症候群とも呼ばれています。以下、教科書から引用します。
通過症候群:
意識障害からの回復期には、一過性のせん妄状態やもうろう状態、アメンチアなどを呈し、精神運動興奮や幻覚が認められる症例もある。これ らの意識障害からの回復期には、幻覚症や過敏性情動衰弱状態、健忘症候群など通過症候群が現れる。
(標準精神医学 第3版 編集野村総一郎 樋口輝彦 医学書院 第15章 器質性精神障害 P346より)
●遷延性意識障害
外界に対する適切な反応が欠如しており、知覚しているという何らかの根拠も欠如しているが、睡眠−覚醒のサイクルの存在が確認できる状態と定義できます。
1972年にJennett and Plumによって臨床像が記述され、彼らによって提案された名称「vegetative state」が国際的には通用しています。しかしわが国では、この日本語訳である植物状態という名称は、患者家族から受け入れられず、医療者も遷延性意識障害という名称を使用することが多くなっています。
Dolce D, Sazbon L著「The Post-traumatic Vegetative State」Thieme 2002 は遷延性意識障害の症状、検査、経過から治療にいたる総論をよくまとめている上に、意識障害の患者への優しいまなざしを感じるテキストです。 本書は、遷延性意識障害を長期間フォローしているイスラエルとイタリアの研究に基づいてまとめられたものです。
Jennettによる同名の著書 Jennett, B 「The Vegetative State Medical Facts, Ethical and Legal Dilemmas」 Cambridge Universal Press 2002 はアメリカ、英国、オランダなどによる遷延性意識障害者に対する延命治療中断の裁判などの経過を詳細にたどっていますが、いつ治療を止めるべきかという議論に集約されているようです。
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